4時30分頃に目が覚めてなんとなく布団から出た。
しばらくごそごそして、1時間ほどが経ったら、布団に入りたくなった。
布団に入って眠り、目を覚ますと、太陽が昇っていた。
たいていの仕事は9時くらいからだと思うが、冬場は時間を変えた方がいいんじゃないか。
だって、寒いじゃないか。目を開けたくないじゃないか。
13時から17時とか。
季節に合わせて労働時間も変えたい。
もしもボックスの登場だ。
- 2008/01/31(木) 07:52:41|
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『Yi Yi: A One & A Two』
をみた。
とても素晴らしかった。
僭越だけど僕の映画ベスト5に入るかもしれない。
「同じ不安を抱くだけならなぜ目を覚ますの?」
「歳を重ねた人に質問をする以外に何を話す?」
「目が覚めた世界は前と同じだった?」
★★★★★
http://www.omega.co.jp/movie/yanyan/index.html↑映画紹介サイトへリンクしています。
行ったことのない、みたことのない、僕の知っていることを教えたい。
考えさせて、考えさせているあいだに、終わりがくる。
以前言われた「何になりたいの?」と言われた言葉が今も忘れられない。
- 2008/01/30(水) 07:43:44|
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「不幸があってもそれ以上の大きな幸せに包まれますように」
という与える愛にあふれる言葉が印象的だった。
宣伝から受けたイメージと違って真面目な映画だと思ったけど、独特な不思議なもわもわっとした余韻を残してくれた。人生は案外ステキってみんな思った方がいい。
My life without me
★★★☆☆
- 2008/01/26(土) 21:32:41|
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昨日の雪がうそみたいに奇跡的な朝の光が少し濡れたベランダを照らしている。
あまり先を見ないようにがんばります。先を見すぎると死ぬまでのスケジュールが全てわかってしまって嫌になる。いつの時代もどこの場所でもあったそれは今も確かにある。
蔡明亮監督の「落日」と、蔡明亮プロデューサー&李康生監督の「迷子」をみた。
生きることは孤独に仕事をすることなのでしょうか?僕もそう思うけど、寂しいです!寂しい!ずっと1つの仕事を続けるということと狂うことが似ていた。狂わないと生きていけないかもしれない。狂うのは仕方ないかもしれない。僕もあなたも狂ってるよ。
僕が言うまでもないけれど、多くの忙しい方がこの映画をみられますことを!
蔡明亮のページ
↑リンクしてます。

『落日』 ★★★★★

『迷子』 ★★★★★
- 2008/01/24(木) 07:59:48|
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なんてことだろう。雪が降ってる。
やる気を奪う言葉によって僕のやる気はまたしても失われた。僕のやる気はあまりにもろいものだった。そのやる気はこれから未開の地へ飛び込もうとするものであり、お金のため、経験のためにおこなうものだった。僕の生活にはお金がかかる。もう少しお金のかからない生活にすることは出来るはずだが、出来ない理由があるのだ。頭がかたまって言葉が出てこない。緊張しているのかもしれない。緊張というのは人から見られる目を意識することに違いない。僕は自分1人の扱いに手一杯だ。誰かといるなんて無理なのかもしれない。誰かのものが目に入る生活なんて無理なのかもしれない。
僕は間違っていようがそうでなかろうが自分の直情に従って突き進む人間だったろう?
どうして今それをやっていないんだ?
怠けているんだろ?
他の理由があるの?
- 2008/01/23(水) 07:20:31|
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それは朝起きること
朝起きることがつらい。
そんな僕の生活はつらいものでしかない。
布団の外は寒くて布団の中以上の幸せはなく布団の外に出られない。
布団の中の幸せを得るために外に出るなんてそんなゆがんだ考えは僕に出来ない。
思いが強すぎて体が動かない。
大島渚の『日本の夜と霧』をみたことをここに記録しておく。
映画俳優は訓練ではなく、それに向いている人がいるのだと思った。
役者は考える前に動いていいと思った。
気が弱い人というのは、考えなければならない対象にふさわしいと思った。
「ばかばかしい」という言葉はみなのやるきをそぐから気をつけて使わなければいけないと思った。
勝利も敗北もない。絶望の虚妄なるは希望の虚妄なるに等しい。というのは全く同感だと思った。
夜がないと朝は来ないと思った。今僕の住んでいるところに夜はない。君のところにはあるかな。
夜のない僕のところに朝はない。すり減っていくだけなのだ。
気持ちの若さと裏腹に人間の僕も歳をとる。
いつかおじいさんになって、孫と2人で僕が外を歩いていると、若い暴漢に襲われるかもしれない。
無力の2人では暴漢に太刀打ちできない。
- 2008/01/22(火) 07:12:55|
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今日も太陽の光があった。気持ちがいい。
僕たちの何人かはたいてい死にたい。
生き物として間違っていると思うけど、今の時代を見ている人間にとって、この感覚は間違った感覚じゃないと思う。そう思ってはいられない人間は、結婚していたり、子供がいたり、親の世話をしないといけなかったり、自分の働いて稼ぐお金でなんとかしないといけない人を抱えている人だろう。自分のことだけを考えれば、もういいんじゃないかと思っても間違いじゃないはずだ。また1人また1人と僕たちは自分の中から出られなくなっていく。人とのかかわりがいい結果を生み出さないここで。
働くことでのかかわりがお互いの首を絞めあうことになっている人がいた。その人には、人とかかわることが、互いに快感を感じながら結果を出せるように、まずは心がけて欲しいし、実際にそうして欲しい。でも、その気のない人にわかってもらうことは難しい。僕もそういう人を見ると逃げ出してしまう。穴があったら隠れてもう二度と顔を出したくない。
原因はなんだろう?TV?ネットのせい?
手紙や電話だけならいい?
人とのつきあいは難しいね。それでも、つきあわないと生きていけないのだからね。
そろそろまた僕は自分で自分のねじを巻かないといけないと思っている。
巻いたねじがもう動ききってしまっていることにずいぶん長いあいだ気づかずにいたみたい。
偶然にも昨日、自分のねじを巻いたのでそのことに気づいた。
- 2008/01/20(日) 07:46:38|
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久しぶりに太陽の光を浴びることが出来た。
外の天気が曇っているとどうしたって自分の気持ちも曇ってしまう。
日本全体が地方みたいなことになってきて、日本の中での地方は落とし穴みたいな闇になっているように感じる。
日本語を使う場所は日本しかないという孤立した状態が今日は悪いものに見える。
それはさておき、経験則から仮説を立ててみた。
仮説キレやすいのとイキやすいのは似ているんじゃないか?
すぐにイケる環境が整っている。
そのことはキレることにつながっているように思える。
そして、イケる環境にいる人間とイケない環境にいる人間の心の違いは大きいと思う。
- 2008/01/19(土) 13:31:30|
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よしと腹をくくって役者をやろうと思ったり、そう思った矢先にやっぱり役者なんてと思ったりを繰り返している。少しずつ、舞台に近づいているような気がしたりもするが、本や絵や写真や求人を見て、多くの劇団や多くの役者を見て、自分は海に対してはただの一滴の水のようなものだと思って役者のことをあきらめてもいたりする。舞台にちゃんと立てばいいのにと思うが、時間が過ぎて、歳をとって、他人の目を気にして、気にしていることの方が自分の気持ちよりも気になったり、自分の気持ちの方が勝ったり、そんなことを繰り返しているが今は油絵を描いてみたいと思っている。油絵を描いたことなんて一度もないが思いは募るばかりだ。役者をやらないことで、この鬱々としたおそらくあきらめに似たあきらめってどんな気持ちなのかそもそも知らないけれど自分のその気持ちがあるからこそ生まれるものを信じたいとも思っている。とにかく1つずつすべてやっていくしかないのだろうけど。
- 2008/01/18(金) 08:47:32|
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英語が次から次へと流れ込んでくるように
自分の呼吸には区切りがなく途切れずに吸っては吐いて吸っては吐いて
立ち止まっていても布団の中に入るとそのことがいっそうわかった。
- 2008/01/17(木) 09:25:39|
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なんて寒い日なんだろう。
とある帽子屋に行って店に並べられているいろいろな帽子をかぶってみたらかぶる帽子かぶる帽子がどれも似合って本当に驚いた。うれしかった。こんなことってないよ。僕はいつも帽子が似合わなくって困っていたんだけど「これはいい帽子屋だ」。
- 2008/01/13(日) 23:46:07|
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