
感想を書いておきたい。
□バカな上司はやっかいだ。
□脅威から死にもの狂いで逃げるシーンに涙が出た。
□誰も話を聞いてくれない。
□あなたにここにいて欲しい。
□何かあったときに集まってことがすむとばらばらになる家族だった。
□ソン・ガンホとペ・ドゥナはとても好きだ。ポン・ジュノ監督もすごく好きだ。
テーマ:韓国映画 - ジャンル:映画
- 2007/08/28(火) 07:55:25|
- 映画
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2日続けて寝転がる。顔がむくむ。体も怠けている。不思議と夢を見る。この音の中で夢を見たことが怖かった。
一つ目の夢
姉が実家の家の庭の門の前で扉も開けずに外を向いて立っている。僕には部屋の中から、姉越しの外に霊柩車が信号待ちしているのが見えた。その霊柩車は祖母を迎えに来たのだった。そうだ、祖母が死んだのだのだった。僕は祖母の死が悲しくて悲しくて悲しかった。祖父の死よりも祖母の死がこんなにも悲しいとは思はなかった。祖父を愛していた祖母。愛される人よりも、愛を差し出す人を失うことが悲しいのだろうか。
夜中に眼が覚めた。僕には珍しく少し起きて部屋の明かりをつけてテレビを見た。テレビの山崎邦正が笑わせてくれた。僕は水を飲んで、また眠ることにした。
2つ目の夢
僕は家の一番風呂をいただくところだった。父や父の弟夫婦が次の風呂を待っていた。風呂の隣の洗い場はなぜか栓ができ、そこも湯をためることが出来た。風呂には既に湯がたまっていたが、僕は洗い場にも湯をため、少し湯を抜いて気に入った高さに調節し、風呂を出た。何かを父に話した後での風呂だった。
どちらの夢にも僕の家族の空気を感じた。
なぜだろう。
食べ過ぎて、横になりすぎて、不安だと、夢を見るのだろうか。
- 2007/08/26(日) 11:09:10|
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今日の朝は少し涼しい。道路がしっとりと湿っている。相変わらず、車らはうるさい。外の空気よりも建物の帯びる熱熱い。
- 2007/08/23(木) 07:58:38|
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右から歩いてきた女の子がいきなり蹴飛ばされました。蹴飛ばされた女の子はあまりにひどいありさまになってしまい、女の子を蹴飛ばした男の人は知らない人たちで仕事をしている人たちから罪について強い声を浴びることになりました。
女の子はear phoneをつけ音楽を聴きながらただまっすぐ突き進んできたことが判明したため悪いのは女の子だったことがわかりました。幸いにも女の子は2万円の罰金を払うだけで済みました。
- 2007/08/19(日) 16:41:22|
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僕の眠りを妨げる騒音
起きているときに聞こえてくる騒音
眠るときに聞こえてくる騒音
眼を閉じても深い沈黙に沈めない
眼が覚めても音が続いている
その続きで、また眼を瞑る
今までとは違っていて戸惑う
僕は僕を休めたいと思う、ちょっと待てっ!僕を休めたいって字にするとなんだか気持ち悪い
口にしても気持ち悪くて、思うだけでも気持ち悪い?
それはさておき休んだ後に高く飛ぼうと思えない
しばらくこの音に流れてずっと起きている
- 2007/08/09(木) 13:26:55|
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朝青龍の顔写真と限界という文字が目に入った。ナントカ新聞の1ページだ。おだてて落とすあいつの仕業だ。僕が思うに朝青龍は、限界となったのなら、すっと引退したらいい。この国の下品な部分につきあうのは馬鹿馬鹿しいじゃないか。彼にとって馬鹿馬鹿しいかどうか知らないがみてしまった僕が馬鹿馬鹿しいんだって。死ぬまで困らないだけの収入はもう稼いだんだろう?だったら去ればいい。この国の判断基準はそこにあるんだ。まだ形のいい去り際としての消費される形だ。悪ふざけはまだまだ続くんだ。金になるんだって。悪ふざけは一番目につくところに出てくるんだって。それはそうと僕は今ここにある自分の体のことを忘れないようにしたいと思っているんだよ。お金を稼ぐこととは別でもね。
- 2007/08/07(火) 13:42:16|
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鳥の鳴き声やせみの鳴き声は生き物の音だと思った。
考えてみると、僕が1人を好むのにはやはり理由があったのだ。
それは誰かに気を使わないため。
外の世界のいろいろなものを感じるため。
どうやら僕はかなりの神経質らしい。神経質ということばの持つ響きが僕は嫌いなのでらしいという言い方をしてやわらかくした。僕は音に敏感らしいのだ。
僕の家の近くには目黒通りがある。この道路を24時間、途切れることなく車が走り続けている。僕はその道路の近くに住んでいる。車の音を24時間結構な近さで聞き続けている。耳から聞こえる車の音は実際には見えなくても僕の目の前を走っている。眠っている間はとくにつらく、耳からどうしても入ってくる音に白目をむいたり、体をよじったり、大きな声を出しながら気を失うのを待っている。これは眠っているのとは違う状態なのではないかと考えている。眠りたいのに眠れない。僕は家へ帰ることが苦痛になり、この家で眠ることがストレスになった。それでも引っ越さなかったのは、この家との出会いを信じたことと荷物の多さのせいだ。引っ越すことも重荷なのだ。引っ越すには荷物の運送費、敷金、礼金を払わなければならないという受け入れたくない狂った現実がある。そういった無駄に協力出来ないのも引っ越せない理由だ。この音の中に僕は2年間過ごした。今でも住んでいる。僕はこの出会いを受け入れた。この生活の中で僕は自分の音へのこだわりをはっきりと感じるようになった。音であり、耳であり、それは考えるということにもつながっていると感じた。この自動車の音に包まれた家の中で僕は何かを見つけられるかもしれないと思ったのだと思う。もう、死んでもいいという気持ちもあったと思う。今もその音のせいで部屋にいることは苦痛で、近頃は心臓がシビレているように感じる。だから何だという話でもある。僕1人死んだところでどうってことない。僕のここでの生活がどんなものだったかなんて興味を持たれるものじゃない。この音の中で眠る度にふらふらになって立ち上がる僕は、音楽を聴かなくなり、TVを見なくなった。今までは好きだったはずだが、部屋に聞こえる自動車の音だけで精一杯なのだ。僕に余力はなくなった。でもこれをいいことだと前向きに受け入れた。ここでの生活はただいるだけでものすごく大変なのだ。
音と体。音と体にはきっと関係がある。僕の妻はこの音の中でも平気だ。
「この生活の中で幸せをみつけなさい」
と理解出来ないことを言う。つまりこの彼女にとってこれは平気なことなのだろう。
前から感じてはいたが、妻は眼の人、僕は耳の人。これが僕らのベースだ。これに関してはこれ以上言わない。
僕は音をためない体ってあるんじゃないかと思っている。僕は、体に一度ためてからどうするか考える。そして、妻の体はためない体だ。どちらが優れているかというと、妻の体だ。あえて言う。
まだしばらく僕はこの家で苦しみ続けると思う。もしかしたら突然状況は変わっているかもしれない。ただ、これは、いかなる理由であれ、自発的に生きて来れなかった受身である僕の傍観者である僕の受け入れるべき償いとも言える現実だ。
- 2007/08/05(日) 12:38:21|
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