自動車の音は既に社会生活者にとって何かのバロメーターになっている。
自動車のない生活は便利さの上では不自由なものになるに違いないが、自動車を使わないことで移動しないそこでの生活を豊かにすることをもっと考えたい。たくさんの感覚を自動車の音は奪っているからだ。
イヤホンだった。銀座駅で、白線の外側を歩く人がいた。電車が到着するので、アナウンスが聞こえた。「危ないので白線の内側をお歩きください」男は、足が不自由な様子で、引きずるように、あるいは、ひょこひょこと歩いていた。耳を見ると、イヤホンがあり、自分の選択した何かを聞いているのだろう、アナウンスが聞こえているのかいないのか白線の外側とホームに到着する電車との間を歩き続けた。
- 2008/05/18(日) 09:03:27|
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実体経済に被害を及ぼす、マネー経済の目立った報道がされた。始めからわかっていたことなのに、何を言っているのかわからない。マネーゲームの中で、全員の所持金が同じづつ増えれば、それに伴ってモノの価値もあがればいい。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10の数字の関係が、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20の関係になることに似ている。しかし、実際には、全員の所持金が同じづつ増えない。また、マネーゲームに参加していない人がいて、「全員」には含まれていない。お金を使う人は、全員マネーゲームに参加しているという話ではない。マネーとモノ、価値があるのはモノである。ここをはっきりさせたい。金がいくら押し寄せてきても、モノも、人も、動かない、それが出来るかどうか。
数字に躍らされることに慣れてしまうと、動物的感覚は麻痺をする。そんなときにモラルなんて主張しても届かない。恐れるのは、暴力によって、モノを奪う人が出現することだ。その人たちは「これはビジネスだ」と言うに違いない。ビジネスと言えば、正当化されるからだ。そのとき、その人たちにとって、ルールはこれからつくるものだし、何度でも、つくりなおすことの出来るものだろう。そして、その人たちに、モラルのルールは届かない。暴力によって残されるのは、モノと暴力を振るった人だけだ。暴力を振るった人たちは、これからはモノを自分たちの誰かがつくらなければならない、めんどくせえなあと思うだろう。考えること、それにより、行動することを怠り、戦争を起こした怠慢で強欲な人間に、僕は抗おう。暴力を振るう人たちが、生き残った私に奴隷を要求するならば、私はモノのようにじっと動かず、ただ呆然としたい。考え、それにより、行動する。それは、一人で戦うことに違いない。一人で戦う人間から、きっと、よくわからない集団は生まれない。
- 2008/05/10(土) 13:53:43|
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イヤホン
音楽を聴くことも、そのこと自体がまた、ノイズにふたをすることに違いない。
イヤホンをして街を歩く人たち、その人たちがとても怖い。
彼らは現在、歩きタバコをする人たちよりも性質タチが悪いと思うのだ。
ところで、目の前にあって見えているはずのものを音は見えなくする。
耳や目やからだのどこにどれだけ意識がまわるか。
ウンテイで遊ぶ児童が言った。
「昨日の今日で公園か・・・・・」
昨日も公園に来たそうだ。
- 2008/05/08(木) 12:28:40|
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知らないことと、知っていることの境界を明確に持ち、知らない僕は、知らないことを丁寧に知ることをしよう。知らないことばかりなのだ。そのことに気づけなかったのだ。そのことが不明確だったと言ってもいい。だから、知らないことを忘れず、いつも出力の機会に準備をしながら、出力をおこなわなければいけない。
彼はそれでもつくろうと思った。
僕は、そのとき、撤退することこそが、最も効果的な唯一の出力だと思った。でも、僕が、その後、何もつくらなければ、例えその撤退により思い通りの影響を与えることが出来ていたとしても、撤退した僕には、もうそれ以上の撤退をすることが出来ない。だから、僕はここから始めなければいけない。
- 2008/05/06(火) 07:37:43|
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映画『愛おしき隣人』をみた。
一人が主役のドラマでなく、一人一人にドラマは当たり前にあって、
お互いが一人一人の領域を大事に犯さずにつきあいたいという気持ちにさせてくれる、それを肯定(再認識)する気持ちにさせてくれる映画。
これは『ゴーストワールド』クラスの素晴らしい映画ですよ!
みんな主役。
みんな全然ヘンじゃない。
みんなそうだよ。
これをヘンだっていう人がいることが僕は本当に恐いよ。
「みんな〜!この映画をみて〜!」
愛おしき隣人に
リンクゴーストワールドに
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- 2008/04/30(水) 08:57:10|
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